光と小沢健二と、月と街のAidade

4月26日(日曜日)に小沢健二「月と街のAidade」大阪フェスティバルホール公演に参加しました。

小沢健二の生み出す詩や文章は自分にとってかなり難解で、その表面を掠めるのも難しい。
言葉そのものは平易でも、その裏に控えている情報が膨大だったり、事前知識が必要だったり、他で見たことのない不思議な組み合わせによって色々な意味が推測できたりと、俳句から「決まり事」を抜いたようなものに近いと思っています。
それが曲の数だけ、もしくはページの数だけあるのだから、それは難しいはずだと自分を納得させるわけです。
つまりこの感想も全部頓珍漢なことを書いている可能性があります。
そもそも東京に人生で数えるほどしか行ったことがないので、空気感すらも想像なんですよね・・・。

そんな人物と作品に、忘れもしない2025年の8月1日の深夜、YouTubeで偶然見た「さよならなんて云えないよ」のMVから、一見簡単に聞こえる言葉を取り巻く「明らかに存在感のある」情報量の多さと、それを自在に操る本人の軽やかさ(実際のところは「そう見せていた」が正解のようですが)に惹かれて、手の届く範囲の全ての曲を聴いて、ライブに参加することになったのでした。

世代でもないし、ほぼ白紙の状態からの後追いリスナーです。
聴いているうちに気付いたのが「曲によって声が全然違う」ということ。
特に今回アンコールで歌われた「ドアをノックするのは誰だ」が顕著だと思います。
初めて聴いた時、過剰なくらいの可愛い声に思わず「お見事!」と唸った曲でした。
良い意味で歌舞伎の見栄のような外連味を感じる曲がいくつかあり、曲ごとに別の人物を演じているような印象を受けていました。
なので当時世間で呼ばれていたという「王子様」という愛称も、特定の曲やTVの中でのキャラクターなんだろうと勝手に一人で納得していました。
飄々と難しいことをサラッとこなしているように見えて、その内側はかなり違うんじゃないかという予想の答え合わせは「アルペジオ」でも描かれていましたが、今回のライブではより具体的に解説と体験付きの興行となっていて、何もかもが新鮮でした。

今回のツアーでは入場時に見るからに原価の高そうな(笑)蛍光オレンジの紙袋が渡されました。
「ひみつ小道具」の存在は予習していましたが、ここまで手の混んだものだとは思っていなかったので驚きました。
紙袋の中には封筒が7枚。最初は脱出ゲームでも始まるのかと思いました…。

  • 赤青フィルム入りの組み立て式立体視メガネ
  • ネクタイとラペルピン
  • ライブ中に開く年表・解説・歌詞の印刷物(複数)
  • 歌詞の印字された鉛筆と感想を書くハガキ

チケットは本人がMCで「クソ高い」と言っていましたが、この量のグラフィックをしかもデザインを本人が手がけているという付加価値付きで持たせてもらえることを考えると、むしろ安いくらいだと思いました。
(だってあの小沢健二が一点一点パスを打ったりカーニングをしたり印刷所に複雑な折り加工の指示をしたり…)
いつか小型グラフィックの本を出して欲しいなあと願うばかりです。
メインで使われている書体が筑紫Cオールド明朝なのも良いなあと思いました。
懐が広く機械的で安定して見える書体ではなく、オールドスタイルの不均一さと手の気配が残っている書体、それもAではなくC。かなりルナティックの気配があります。

公演の内容については、時間の圧縮・跳躍の操作がとても映画的だと感じました。
大学時代に「映画に一番似ているのは音楽である」という旨の講義を受けたことがあり、そのときはピンときていなかったのですが、今回30年間を行ったり来たりしながら音楽とともに辿ったことで初めて腑に落ちました。
20代のオザケン(キュート)と50代の小沢健二(パワフル)が時空を超えて共演する演出は、過去の録音が流れているはずなのに2人で一緒に歌っているようで、当時を知らない自分にとってはありがたい時間旅行でした。
年表と解説の印刷物がセットリストに対応していて、過去の出来事や感情が赤裸々に記された文章を読んだ後に実際の曲が始まる演出、これは客席と30年間の時間感覚を共有することを前提にした設計で、ファンのことをあまり信じていないというか距離を置いているイメージがあったので(すみません)当時からのファンはより嬉しかっただろうなと想像していました。
あとは年表に、得意だった「現実を書くこと」ができなくなっていった過程が書かれていたこと、もし当時の現実を洒脱に描くことができたらどんな曲を作っていたのかのifが新曲として示されたことも驚きのひとつでした。
当時の飄々としたスマートな王子様である「オザケン」が表に出さなかったパラレルワールドの世界。
フィクションとノンフィクションの間で。
活動休止前の「暗い」印象のある曲も明るく力強く歌われると不思議と悲壮感を感じず新しい曲のようで、本人が当時より今のほうが強いと語っていたことも、事実なんだろうなと思いました。

ライブから1ヶ月以上が経って、ようやくこれを書いています。
当日の日記には「インスタレーションというか映画というか授業っていうかそんな感じだった」と書いていました。
書きたいことを好き勝手書いていたら、曲のことをほとんど書けず、音楽に対する共通言語を自分はまだ持っていないことを痛感しました。
それでも音楽がないとこの膨大な情報量の一部でも受け取ることはできなかったように思います。
情報の渦に飲まれながら、色々なことを考えていました。
人間は本当に消費されて切り分けられるのだろうか?混然としたままあったものを言葉にすることも切り分けることなのだろうか?考え続けて答えを出さないまま聴き続けることは消費し続けることなのだろうか?
ライブ中そんなことばかりが浮かんでは消え、結局考えが纏まることはありませんでした。

ずっと「無色の混沌」と「ある光」のことを考えています。
線路を降りた先に「光」はあったのか、「願いは放たれ」たのか。
我々には知る由もないのですが、客席と一体となって明るくパワフルに歌っていた姿を見て、「時間が何かを解決したのだろうか」と思ったのでした。

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